190111元祖山手七福神+東急沿線の御朱印(九品仏+等々力不動尊+玉川大師)

行程:高輪台→袖ヶ埼神社→明治学院→覚林寺→古地老稲荷神社→八芳園→瑞聖寺→東大医科研→妙圓寺→目黒→大圓寺→お七の井戸→蟠竜寺→海福寺→五百羅漢寺→滝泉寺→成就院→不動前/昼=大岡山=自由が丘=九品仏→浄真寺/奥沢城跡→九品仏=等々力→等々力不動尊→等々力=二子玉川→身延山関東別院玉川寺→玉川大師玉真院→二子玉川。346分、15.4Km
#青:元祖山手七福神

今日の散策は、181228 で取りやめた元祖山手七福神巡りへ。元祖山手七福神は6寺院なので、距離も6キロ程度で短いので、東急沿線の寺院の御朱印もいただきに。

Ⅰ.元祖山手七福神
☆元祖山手七福神の一覧。上左:覚林寺(毘沙門天)/瑞聖寺(布袋尊)、妙圓寺(福禄寿、寿老人)、下左から:大圓寺(大黒天)、蟠竜寺(弁財天)、滝泉寺(恵比寿)。港七福神巡りの高野山東京別院の続きということで高輪台からスタートして、桜田通りから目黒通り、目黒駅の辺りは仕事でよく歩いたことがあるルートで懐かしみながら散策できました
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 七福神の御朱印をいただきました#どこも綺麗な文字です。色紙にいただくこともできます
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§1.覚林寺(毘沙門天)
 左上左:高輪台駅からスタート、左3枚:ところが行く方向を間違えて袖ヶ崎神社へ行ってしまいました、右上右:その先の本立寺でようやく気付く、右下:気を取り直して、高輪台へ戻る
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 左上左:明治学院の前を通り#ここまで来れば知っている道、左下:覚林寺へ、左上右:毘沙門堂、右上2枚:本堂になります、右下:ここは日蓮宗のお寺ですので、お題目碑 「南無妙法蓮華経」
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 左:清正公堂、右上:勝負祈願の寺、右下:七福神の御朱印と御首題を頂きました
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§2.瑞聖寺(布袋尊)
 左上左:目黒通りを行くと、シェラトン都ホテルがある、左上右、左下:古地老稲荷神社がありお詣りして、右上:その先に八芳園の入口。ここの敷地の一部に大久保忠教(彦左衛門)の屋敷があったようだ、右下3枚:八芳園の方から冠木門があり、東参道門が見えたが、先んも階段へ行くと瑞聖寺が見えるが鉄格子で阻まれてしまい境内へ入れない!#早くも行き詰まり?
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 ”目黒通りからアプローチできるかもしれない”と思い直して、左:行ってみると門柱があって、西参道になっていて、中上:地図もあって、右上:西参道門を経て境内へ、右下:先程拒まれた鉄格子
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 左上:本堂#大雄宝殿#正面からは入れず、右手から回って、左下:鉄格子の辺りからパノラマ、左が庫裏で、昨年2018年築造したてで、隈研吾の設計、右上:ここは黄檗宗おうばくしゅうのお寺、本山は宇治の黄檗山萬福寺、右下:出来たての庫裏で御朱印を頂きました
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§3.妙円寺(福禄寿、寿老人)
 上左:目黒通りへ戻ると、東大医科研#仕事で何度か来ました、上右:妙圓寺に到着、下:本堂へお参りして、
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 上左:すぐ右手にある妙見堂に、妙見大菩薩、福禄寿、寿老人が祀られている、下中:その奥に稲荷大明神、下左:寺務所に行って、御朱印を頂く
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§4.大圓寺(大黒天)
 左上:目黒駅へ向かいますが、天現寺って、”吉田拓郎 真夜中のタクシー”に出てくる場所ですね、左中:目黒駅を雅叙園の方へ降ります、左下、中:大圓寺にある目黒川架橋の供養菩薩、右上:この坂、”行人坂”というのだ#何度も通ってますが知らなかった、右下:大圓寺に到着
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 上左:山門の左手にある石柱、上右2枚:可愛い石像、下左:本堂、下右:境内には小さな石仏が一杯
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 左、中:本堂の右手にある黄金の薬師如来像、右上:七福神の石仏、右下:目黒川架橋は太鼓橋のようで、八百屋お七を偲んで橋を架けたようだ#八百屋お七が火あぶりになった鈴ヶ森刑場へは、181014 に行きました
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 左下、右上:石仏が多いと書きましたが、本堂に向かって左手にはもっとたくさんあります、左上:本土と大黒天の幟を撮って、右下:本堂右手の寺務所で御朱印を頂いて、行人坂も撮って
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§5.蟠竜寺(弁財天)
 上:雅叙園の入口にはお七の井戸があります、下左:太鼓橋を渡って、下中:目黒辺りの目黒川。桜の木はそんなに大きくないですね、下右:蟠竜寺へ
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 左3枚:岩屋弁天のある蟠竜寺、中:浄土宗のお寺、右:本堂、

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 左:”順路”の標識があり、岩屋弁天様は石像、中:弁財天堂、右上:さらに先に進むと”おしろい地蔵”、寺務所で御朱印を頂き、先へ
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§6.滝泉寺(恵比寿)
 さぁ最後の目黒不動へ。ところがまた黄檗宗の海福寺。黄檗宗が気になり立ち寄る。右上:宇和島の伊達家が寄進したと言われる四脚門、右下左:江戸時代に起こった深川永代橋沈溺諸亡霊塔
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 上左、下左:本堂へお詣りして、掃除をしている人がいたので”御朱印はありますか?”と尋ねたが、ないらしい、上右2枚:武田信玄の屋敷にあったと言われる九重の石塔、下右:お隣にある五百羅漢寺は素通り
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 上左:近道の標識があり行くが、塀をぐるりと歩かされて仁王門#境内図はこちら、上右:左手の弁天堂(三福神)にある恵比寿神・弁財天・大黒天、上中:駐車場に大きな恵比寿天、下左:六地蔵は久し振りに撮影、下中、下右:青木昆陽の碑、
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 上:独鈷の滝には、不動明王がおられて、下左:石段を登ると(男坂)、鳥居、下中:本堂へお参りして、下右:本堂の左手には愛染明王#そういえば江戸五色不動も歩かなきゃね!
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 本堂の右手にはモニュメントがあって#公園もあったようですが見損じ、左上:不動明王の筆書きの絵、左下、中:二宮尊徳です、右:柱が不規則に並んでいて、また不動明王
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 上左、下左:八大童子が並んでいます、上右:降りは女坂を使いましたが、これが男坂、下中:男坂の遠景、下右:御朱印は右手にある阿弥陀堂へ、
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 左:阿弥陀堂と観音堂、中:ここでは3つ御朱印がもらえるようですが、そのうちの2つを頂きました
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 左上:仁王門の内側には、白い狛犬かな?、左下、右上、右下左:近くにたこ薬師成就院 というのがあったので立ち寄る#何のご利益?#会津藩の保科正之公の御母堂であるお静の方の由来のお寺のようです、右下右:不動前到着で、元祖山手七福神を結願
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Ⅱ.東急沿線の御朱印
 過去来たことがあるんですが、御朱印を始めていなかったので、再訪して御朱印を頂きます。

§7.九品仏
 左上:九品仏へ、そういえば181224-25 に帰省した時に、田舎には公衆電話がなかったのですが、都会はあるんですね~!、左下:松並木を行って、右上:山門へ、右下: 170212 にも来てるんですが、山門を入ると左手に金色のお堂が建立されていました#”名前が調べ切れていません”は、そのまま保留中。何ですかね?
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 左上:少し行くと閻魔堂#境内図はこちら、左下、右上:開山堂、右下:仁王門は大きいですね
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 上左:仁王門の扁額は紫雲楼、上右:お面被りは5/5の行事ですね、下左:仁王門の裏には梯子が見えます、下中:この門の側に奥沢城跡があります、下右:2034年まで続く修繕事業です#前回来た時も知ってましたが…
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 上左:本堂の左側にある下品上生、上右:中央の上品上生、下右:右手の中品上生、下右:前回来た時にも修繕中でした中品上生
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 左上:本堂は、扁額は龍護殿、左下:本堂では今回全ての御朱印が頂けました。修繕事業に関わる寄付に、今回は応えまして頂いた特別御朱印#1000円、右上:他にも2つ御朱印を頂きまして、右下:ネコも喜んでた?
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 上左:等々力(とどろきと入れないと変換してくれない)へ移動して、渓谷へは行かず、上中:バス通りを南下してたら地ビールのバルが、下:等々力不動尊へ到着
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 上左:手水舎が龍です!、上右:本堂へお参りして、御朱印をお願いしましたが#反応が遅い(無視している)若い男性の対応で、何か問題を抱えているのでしょうか?ちと人を馬鹿にしています、下中:踊り場みたいなのがあり、そこからの風景、下右;こちらが時間がないのは知らないのでしょうけど、ゆっくり時間をお使いになって若者は”書き終わった”とお伝えいただけないまま、御朱印帳は外に置きっぱなし。
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 左上左:二子玉川に移動、左上右:大山みちは、風人社さんの ウォークマップ ホントに歩く大山街道(青山道)が詳しい、左下:身延山関東別院玉川寺に寄るが、右:しかし、住職も副住職もいないので御朱印も御首題も対応できないという#日蓮宗のお寺は正月はとても忙しいみたいで不在が多いようですね~、
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 上左:身延山関東別院玉川寺からすぐ近くにあります、上右:お寺の方には地下霊場を回るように勧められたのですが、時間もなくて#横浜の歯医者に移動しなくてはならないので…、御朱印を頂いて、今日の散策は終了です、下右:地下霊場のネットでの公表されているもの
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以上

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